「生涯投資家」村上世彰著の感想

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このページでは、著名投資家 村上世彰氏の著作「生涯投資家」の感想を語ります。

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(写真)村上世彰氏 2006年

村上世彰とは

村上世彰氏が最近メディアへの露出を増やしています。
2000年代頭からモノ言う株主として世間を賑わせ、2006年にはインサイダー容疑で逮捕。

それからはシンガポールへ移住し鳴りを潜めていましたが、ここ最近「生涯投資家」(2017.6.21)を著し、池上彰氏や一橋大学教授伊藤邦雄氏との対談などで企業や株式市場の考えを主張しています。

「生涯投資家」の読み方

「生涯投資家」は、いくつかの読み方ができます。

  • いち投資家のサクセスストーリーとして、どのように投資で資産を増やしてきたのか
  • 実際に起こった事件の登場人物が語るノンフィクションドラマとして
  • 成功している投資家である村上世彰氏のコーポレートガバナンス論

逮捕された事実や歯に布着せぬ物言いで、彼の言い分を批判的に見る向きもあるでしょう。
村上氏が企業統治論について書いたとしても、「投資家として金儲けをしたい人の言い分なのでは」と反射的に考える人もいるかもしれません。

しかし、よく読み解けば明らかに彼の主張は筋が通っており、世界の投資家の中ではスタンダードです。
上場企業のどの経営者も、彼の考えは参考になります。

村上世彰氏の主張

彼の主張は、非常にシンプルです。

企業は、企業価値向上の努力をしなければならない

企業価値とは、企業が今持っている資産と、将来にわたって生む出すキャッシュによって決まります。
そして、企業は企業価値を向上させるために

  • 「どのような経営方針を持っているのか」
  • 「どのような戦略を取ろうとしているのか」

を株主に明らかにする義務があります。

なのに、日本企業はキャッシュを生み出す力も、株主との対話も欠けていると村上氏は主張します。

村上世彰氏の主張

村上世彰氏の主張はシンプルです。

  • 日本企業は内部留保を溜めすぎで、株主還元するか投資に回すべきである
  • 経営が内向き株主目線で行われていない
  • ROEを高めるために、収益力を上げるべきである

全くおっしゃる通りという感じなのですが、ひとつづつ解説していきます。

村上世彰氏と内部留保

村上世彰氏は、この本 生涯投資家だけでなく、常々日本企業の内部留保の多さを気にかけていました。

「内部留保は意思決定力の不足」

とまで公言して、実際に大株主になった企業の内部留保を株主に還元するよう要求しています。
それによって上場廃止にまでなりそうな黒田電気という会社もあるほどです。

いわゆるアクティビスト(もの言う株主)です。

村上世彰氏と日本企業

生涯投資家でも主張は一貫しています。

「日本企業は不要な内部留保が多すぎる。」

いま日本企業の時価総額は約600兆円ですが、内部留保は350兆円以上あると言われています。(2017.9.22)

時価総額は企業価値と同義だと考えられますが、企業価値は「企業が現在保有する資産」と「将来のキャッシュ」で構成されます。

本来、企業は大なり小なり成長していくことが期待られているため、企業価値のほとんどの部分を「将来のキャッシュ」が占めるのが普通です。
サイバーダイン社などのように、まだ赤字続きなのに、時価総額が1000億円を超える中小企業は沢山あることからもそれはわかります。

こうして考えると、日本企業の現状は、「企業価値を表わす株価の、半分以上が貯め込んできた資産」なのです。

余剰資産があるなら、優秀な社員を雇ったり工場を建てるなどどこかに投資し、新たな収益の芽を模索すべきです。
そうすればよりマネーが循環し、利益も増えます。
企業価値も増え、投資家にとってもハッピーです。

そして、使わない資産があるなら配当や自社株買いで還元すべきです。
もし溜め込むなら、正当な理由を説明すべきです。
本来、会社の資産は株主に帰属するからです。

内部留保の問題

溜め込むことの弊害は、経済全体の停滞を招きくことです。

会社が儲けたマネーを事業に投資しないのは、会社にとって魅力的な事業のチャンスが無いからです。

一方、投資家は経営者のようにいくつかの事業に絞って投資するのではなく、幅広く良い投資先を探すのが仕事です。
全く違う業種、不動産、債券、投資信託など様々です。

経営者が投資先を見つけられずにマネーの使い道に困っているなら、投資家が見つけるだけの話です。
そうすれば世の中にマネーが循環し、景気も刺激されます。

経営者にとって、使い道のないマネーを投資家に還元しても何の損もありません。
理由なく溜め込むのは弊害でしかありません。

内部留保は必ずしも悪ではないが正当な理由が必要
しかし日本企業は低成長の経済を尻目に、新たな投資をしてこなかったし、それも還元もせず「何となく」ため込んできました。

「経営者の狭い視野の判断だけで、株主の利益を軽視してきた」のです。

内部留保の合理性

「そうは言っても、震災やリーマンショックのようなまさかの時のために資金が必要だ」
「そのための内部留保は多ければ多い方が良い」

このような経営者もいるかもしれません。
たしかに一理あるように思えますが、不測の事態に、今ある内部留保やこれから溜める分だけで足りるかどうかもわからないですからそれは言い訳になりません。

極論すれば、剰余金を無限に溜め込むつもりなのでしょうか。
これでは株主を犠牲に経営者がいくらでもマネーを動かせることになってしまいます。

「株主還元をしすぎて、いざという時資金が足りなくなる」のが心配なら、「ピンチで一時的に資金が足りなくなったとしても、お金を出してもらえるような魅力的な企業になる」ことが本来は最大の防衛策です。

もし余っている資金で事業への投資や自社株買いを盛んにすれば、企業の株価は上がり、投資先として魅力的になります。
それは企業にとっても株主にとってもハッピーでしょう。

生涯投資家とコーポレートガバナンス

企業の存在意義は、社会の一員として世に役立つサービスを提供し、適切な利益を上げること。
それによって、出資者である株主に還元することです。

書物とノート

会社法を紐解くと、「経営者はあくまでも株主の代理」であり、「株主は信任によって経営者に経営を委託(信任)している」のです。
社長ひとりよりも取締役会が強い権限を持っているのは、それが多くの株主の代表者の集まりだからです。

取締役会は経営陣の人事も決めることができます。
また、株主の集まりである株主総会では、経営方針に対して意見をし最終的な決定権を持ちます。

社長<取締役会<株主総会

このように制度から見ても、会社は経営者よりも株主が決定権を持つのです。

村上世彰氏は世界常識

しかし、日本企業の常識は、昔からそうではりませんでした。
その理由は「株主よりも銀行が力を持っていて、経営者は株主の方を向いてこなかったから」です。

しかしそれは世界的に見れば非常識です。

実際、村上氏が東京スタイルなどに株主提案をしたときのエピソードが「生涯投資家」にも盛られていますが、企業の言い分は意味不明で保身としか解釈できないものだったそうです。

一部の投資家が「より株主還元を強化すべきだ」と株主の利益だけを考えているかのような発言だけを切り取って、強硬な「株主主権論」の立役者だと理解するのは誤りです。

村上世彰氏の株主パートナー論

企業はより株主との対話を意識して、株主の意見を経営に取り入れるべきです。
特に上場企業は株主に支えられており、自社の方針を明確にする義務があります。

株主は敵ではなく、企業価値を高めるために建設的な議論をするパートナーです。
透明性を高め、株主への配慮が十分なら株主も安心して投資できるでしょう。

生涯投資家と株主還元

生涯投資家では、
「日本企業のROEは適正か?」
との疑問も投げかけています。

そのうえで、
「株主還元を増やせばもっと上る」
と断言します。

たしかに、日本企業は米企業に比べてROEが圧倒的に低いです。
日本の上場企業の半分が、ROE8%以下です。
米国は12.3%です。(日本経済新聞2017.3.3)

ROEは 収益力×資産効率×財務レバレッジ で測ります。

日本企業のROEが低い理由

日本企業の課題こうです。

  • 米国企業に比べて収益力が低い
  • 財務レバレッジの活用が不十分

(つまり資本=Equityが大きすぎる)

収益力を上げるには、事業の選択と経営努力しかありません。

財務レバレッジは「負債も含めた総資産/資本」で求められます。
全資産のうち、負債が大きければ大きいほど、債務レバレッジは上がります。

しかし日本企業は手元に内部留保が多すぎるため分母である資本が膨らみ、ROEを押し下げる要因になっています。

これがなぜ困るかというと、「投資家にとっては自分が出資する資本に対して、効率的に活用して利益を上げてくれないと投資先としてリターン率が低くなってしまう」からです。

生涯投資家でわかる魅力的投資先

仮に資本の内部留保を配当なり還元して、財務レバレッジが2倍になれば、ROEも倍です。
これは株主にとってより魅力的な投資先になります。

単純に「資本を圧縮して、有利子負債を増やせ」というわけではありません。
余分に抱えた内部留保は還元することで、資本効率が改善する(ROEが上がる)ということが言いたいのです。

日本企業の低いROEの背景には、

  • 稼ぐ力の弱さ
  • 資本効率の悪さ(=内部留保の貯めすぎ)

があります。

これらの課題を解消すれば、それだけでROEは飛躍的に上がるはずです。

村上世彰氏はまさに生粋の生涯投資家

たしかに村上世彰氏は率直な物言いから、強欲で強硬な投資家像を一般人の心に植え付けてきた事実は否定できません。

しかし一方的な感情任せの見方は必要以上の誤解を生みます。

「生涯投資家」を読むと、彼の本来の姿は「投資を愛し、日本経済の先行きを本気で案じる一人の投資大好きおじさん」です。

最近、安倍政権になり金融庁に森義親長官が就いてから、しきりに「コーポレートガバナンス」が言われています。
これは良い流れです。

私は村上世彰氏のようなグローバルスタンダードの投資家の意見が根差すことを期待します。

私は、これからの日本にとって何よりも重要なことは、資金の循環だと信じている。
資金の循環は、投資を中心として起こる。
投資をし、リターンを得てその投資を回収し次の投資を行う、という流れは決して悪いことではない。私が目指してきたことは常に「コーポレートガバナンスの浸透と徹底」であり、それによる日本経済の継続的な発展である。


生涯投資家」村上世彰 文芸春秋

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