「大きく、しぶとく、考え抜く。」原田泳幸著の感想

book

プロ経営者として著名な原田泳幸の経営論である。
エッセイ集の形式。
分かりやすい言葉で持論を語っている。

原田氏と言えば、経営者としてアップル日本法人、日本マクドナルド、そしてベネッセと渡り歩いてきた。

アップル時代には「iMac」を日本で普及させ、マクドナルド時代には低迷に喘いでいた業績をV字回復させた。
ベネッセでは就任直後に顧客情報流出問題などもあり業績低迷に歯止めがかからず、残念ながら2014年6月から今年6月までという短期間で退任に至った。

マクドナルドの業績回復までは評価がある一方、それ以降は批判もある。
手腕に対して、賛否が多いのは事実である。

以前テレビで原田氏の特集が組まれておりインタビュー映像を見たことがあるが、立ち振る舞いはいかにも逞しい九州男児で、かつ心の広さと論理の緻密さを感じさせる、魅力的な人物に映った。

本書を読んでの印象は、原田氏の気づきの力である。
人と同じものを見ても、普通の人が何も気づかない、あるいは一つ二つしか気づかないのに対して、原田氏はその何倍も気づくのである。
事象から直感的に閃くということもあるのだろうが、事象やデータを徹底的に分析して、(タイトルにもあるように)普通の人がそこまでしないくらい考え抜いて結論にたどり着く、しぶとさがある。

至った結論は、後から聞いてみれば「なんだ、そんなこと当り前だろう」と思うことばかりなのだが、その「当り前」のことに行き着くのが難しいのである。
卵を立てる方法は簡単だが、それはコロンブスがあってのことである。

ところで、松下幸之助は側近に「風が吹いただけでも悟る人は居る」と語ったことがあるそうである。
「経営には直感的な閃きが大切だ」ということであれば天賦の才や運で実力が決まってしまうので、努力だけではどうにもできない。

しかし、原田氏が「しぶとく、考え抜く。」と言って、ビジネスで成功を収めているのは朗報である。
直感的閃きの才が備わっていないとしても、考え抜くということなら、とりあえずは個人の努力次第で可能だからである。

つまり、「悟る」人になれるかどうかは、天賦の才よりも、努力や意識によるものが大きいということだろう。

本書には原田氏の経営についての考え方が大いに綴られているのだが、加えて社長当時のエピソードもふんだんに載っている。

一つはマクドナルド時代にコーヒーの促販を進めるためにスタッフをどう動機づけるか、アイデアを捻った時のものである。
コーヒーを売ることが業績アップの鍵であることはわかっていたが、現場のスタッフにはなかなかその重要性が伝わらず、促販に至っていなかった。

そこでコーヒーの売り上げに応じて、店舗責任者を五段階に分けて上位者を表彰することに。
最下位の店舗責任者には、表彰するのではなくある写真を渡した。

それは原田氏がソファに座り、手前のテーブルにはおびただしい数のコーヒーカップが置かれているというものだった。
その原田氏の表情というのがまた、屈託のない爽やかな笑顔なのである。
表彰式の会場は大爆笑であったらしい。

この写真を貰って、コーヒーの促販に励まないという方が野暮だろう。
スタッフの動機づけは経営者にとって苦心するものに違いないが、そこにユーモアを持ちこむという度量の大きさである。

ここで「プロ経営者」について。

ふつう経営者はプロフェッショナルであるはずなのに、あえて「プロ」と言っているのはなぜか。

それには株主と会社との関係を考えておかなければならない。

会社法で、株主は会社の所有者であるとされている。
しかし株主はあくまで余剰資金を出資するのが役割で、経営を担う訳ではない。

そこで株主は経営者(エージェント)に会社経営を委託する。
株主からすれば、経営者に自分の財産を預けているも同然で、財産を持ち逃げされては困るし業績を傾けられて出資額が返還されなかったり、経営を怠けて配当が出ないというのは困る。

一方経営者は自分の時間を犠牲にして会社のために能力を発揮するので相応の報酬を得たい。
そこで株主と経営者が合意できる契約を結び、双方が信頼と対価契約で結ばれることをエージェント理論という。

では、原田氏と、経営者でもあるがいわゆる「プロ経営者」ではないファストリテイリングの柳井正氏やソフトバンクの孫正義氏との違いは何か。

それは、原田氏は自社の株主でないのに対し、後者両氏は自らが経営者でもあり、かつ20%程度の株を保有する筆頭株主でもあるという点である。

原田氏は柳井氏・孫氏ら株主経営者とは決定的に異なり、株主から信頼され報酬契約を結んだうえで経営を委託された、純粋な代理経営者なのである。

「プロ経営者」とは、単にエージェント(代理人)のことである。
エージェントに過ぎないから、FA権を持ったプロ野球選手のように、オファーを待つこともできるし、自分から球団に交渉に行くこともできる。

株主経営者はその会社と一心同体であることが多いのに対し、渡り鳥のような存在である。

どちらの方がよいかという議論には意味がない。
会社の特性や状況によって、それは大きく変わるからである。

ここで興味深いのは、「プロ経営者」ということを考えるときに、「株主は決して経営者を選んでやる」という上から目線だけでは居られないという点である。

株主の方にもその時々で最適なプロ経営者を選び、適切な報酬体系を約束するだけの確かな判断力、つまり株主としてのプロフェッショナル性が求められる。さもなくば、とんでもない経営者を選んでしまってリターンも無く資金が返還されず最も損をするのは自分である。

「プロ経営者」とは、裏を返せば「プロ株主」という議論と同じである。
そして両者の間には、つねに一種の緊張感があるのである。

原田氏は現在ソニーの社外取締役である。
今後も活躍なされることを祈っている。

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