「あんぽん」佐野眞一著の感想 | 孫正義の半生

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夜の経済番組で、経験豊富なアナウンサーやコメンテーターと対峙して、スタジオ全体を一人のゲストが完全に支配している姿を初めて見た。

7月にソフトバンクが英アーム買収を発表した直後、その説明にスタジオに訪れた孫正義氏だ。

柔和に夢を語る姿は、憧れの恋人をやっと射止めたという達成感と、不安など微塵も感じさせない期待に満ちていた。
語る内容が前向きで説得力に溢れていて、出演者全員が耳を傾けていた。

ところで孫氏は、自身について臆病者だと言っている。
大胆に見える決断も、実は慎重に、慎重に熟慮してから決めるそうだ。

そして、何かに挑戦する時よりも、撤退する時の方が遥かに神経を使う。

どんな優秀な人間でもビジネスとなれば間違うことの方が多い。
孫氏も撤退をたくさんしてきたという意味で、自身を逃げの天才だと言う。

本作は、ノンフィクション作家の佐野眞一氏が古いの付き合いのある孫正義氏の半生を描いた伝記だ。
(と言っても、会うのは孫氏が25歳の時以来、二度目だが)

ドキュメンタリーは、当然のことながら主人公の出来事を追っていくものだ。
しかし、ふとその書き手が目の前に現れることがある。

孫氏は何しろ、強烈な個性を持っている。
おそらく成功の陰に、人生でも多くの代償を払ってきたはずだ。
そのような孫氏と対等に渡り合って取材し、追いかけ続けるのは、生半可なことではない。

本作を読みながら、孫氏の武勇伝に驚き楽しみながらも、ある時、これだけの情報を集めて一冊の本にして仕立てあげる執念に気づきはっとした。
作者自身の気合いや覚悟の入り方が尋常ではない。

孫氏が目指しているのは、「デジタル情報革命」だ。
情報の扱いを、全て電子処理化しようというものだ。

そしてその処理の方法で、人がもっと自由になれるよう革新を起こすという。
対して佐野氏の仕事は、文字を本にして人が手に取ることができるようにすることだ。

立花隆氏も言っているように、本は知、情、意だ。
佐野氏からしてみれば、本という実物を軽視する姿は簡単に見過ごすことはできないだろう。
孫氏を追っている人として、孫氏の力には感嘆しつつも。

プロローグには、こうある。

これまで書かれた孫正義の評伝は、孫のサクセスストーリーに目を奪われ、紋切り型の記述に終始してきた。
私流にいえば、孫一族が経験してきた波乱と被差別の歴史を、自らの体で受け止め、それを全身で抱きしめる愛情と根性が欠けていたのである。
本書はこれまで書かれてこなかったこれらの事実を徹底的に追求し、その成果をすべて盛り込んだ。

佐野氏の作家としての矜持には、愛憎入り混じった感情が感じられる。
二人の価値観の殴り合いを見ているようだった。

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