【アフィリエイトで学んだ】WEBメディアのコンテンツの在り方とは。

メディア

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〜WEBサイト運営を始めた数年前〜

うーん、記事はちゃんと書いてるし、記事数も多いのにアクセスが全然増えない。。西野さん、WEBメディアの記事の書き方って、やっぱりコツがあるんですか?

マーケター西野

あるよ。意外とシンプルだけど、簡単じゃない。
え、ぜひ教えてください!


私はWEBサイトをいくつか運営していますが、はじめは全く上手くいきませんでした。

その理由はコンテンツの形式にありました。

自称スーパーアフィリエイターの西野さんにアドバイスを受けて、サイトの集客や回遊率は劇的に上がりましたが、気付くまでは苦労しました。

マーケター西野

「自称」は余計が、まあこれでもWEBサイトの運営は長いからな。

忙しい方のために、結論を先に言ってしまいます。

メディアによって相応しいコンテンツの形があるので、メディア別の戦略を考えると良い

これだけです。

私は今となってはわかるのですが、理由に気づくまで時間がかかってしまいました。

サイト運営が上手くいかずに苦労して色々とWEBメディアを調べた経験から、メディアの技術とコンテンツ、メディアの役割で役に立つ学びがあります。

そこでこの記事では、自称スーパーアフィリエイターの西野さんと一緒に、メディアと受け入れられるコンテンツの関係について深掘りしてお話しします。

  • コンテンツ作りに悩むアフィリエイター
  • サイトのアクセスが1000PV未満で伸び悩んでいる
  • WEBサイトやSNSなど様々なメディアとコンテンツの関係について知りたい

WEBメディアと活字メディアの違い

マーケター西野

ところで、俺はメディアを2種類に分けて考えている。何だかわかるか?
それはやっぱり、西野さんの得意なWEB系と、従来型のオールドメディアじゃないですか?

マーケター西野

その通り。

WEBメディア
WEBやSNSの短文、写真、動画は速報性や手軽さに優れています。
それらは変更が容易だし、ネット用語は普通の言葉から派生していった崩した使い方をします。

活字メディア
一方、新聞や本は一度出版されれば変更がきかず半永久的に保存されるメディアですから、コンテンツの正確性や信頼性には非常に慎重です。
起承転結が明確で、構成も文体も整っています。

個人的に私はどちらかというと、しっかりした活字が好きな人間です。

私がWEBサイト運営で失敗した理由

そんな私が、WEBサイトを運営していて壁に当たりました。

まあ作ったコンテンツが全く受けないわけです。

そもそも記事が上位に表示されないし、たまたまかわいそうな読者が何かの間違いでサイトに訪れてくれてもUターンです。

最初は、しっかりした知識を元に根拠を示して、正確な情報をわかりやすく解説するサイトを目指していました。
書いた記事はどれも3000〜10000字程度で、全200記事ほど。
これが受けない人気ない。

マーケター西野

まあそうなるわな。なぜうまくいかなかったのか、今はわかるのか?
もちろん、教えてもらいましたから

なぜだろうと考えて、理由がはっきりわかりました。

私はずっと、本を書いていたのです。
WEBサイトという場で、本のコンテンツがそのままで受け入れられるはずがないのです。

WEBメディアに求めるもの

マーケター西野

俺たちはWEBメディアでは本とは違うものを求める。
多少正確でなくても、おおよその概要を素早く把握したい時にWEBメディアは便利だ。

わかりやすく面白いコンテンツも、写真やイラスト、動画や動的ページを使えるWEBメディアに適しています。

また、日々更新されていて過去のバックナンバーも見られて、記事どうしのつながりも理解できて、シェアも容易なのがWEBです。

いくら「私のWEBサイトは活字の延長線上だ」と主張したところで、いかにもWEBようにカスタマイズされたコンテンツはWEB上では魅力的です。

マーケター西野

読者はネットを使う時、無意識のうちにWEBに期待しているものがある。
たとえ内容がよくても見せ方が悪いければ、読者はWEBで読みやすいコンテンツに流れていく。
うーん、僕も、本の形式が欲しいなら、本を買いますね。

WEBサイトには、WEBサイトの形式がある。

こんな当たり前のことに気づいたのが、サイトを立ち上げて1年後でした。

WEBメディア発信の正しい姿

マーケター西野

では次のステップだ。
WEBメディアの正しいコンテンツの形式とは何か?

マーケター西野

それから、WEBメディアは今どのような立ち位置であるべきか、だ。
  • 端末重視のコンテンツ
  • 顧客重視のコンテンツ

コンテンツは端末ありき

マーケター西野

俺たちが今使うWEB端末といえば、小型化しつつある軽量ノートPCや、操作性が良く高画質のスマートフォンが多い。

今あなたもスマホでこの記事を読んでいるかもしれません。
ちなみにこのサイトは、スマホ率は45〜65%です。
もちろん、スマホ向けにサイトの構成を考えています。

マーケター西野

俺のアドバイスで、だな?
わかってますよ。

スマートフォンは操作が軽やかです。

 

タップしてからの反応が素早いし、指でスクロールすれば目的の情報まですぐに辿り着けます。
記事を読んで目当ての情報がなければ、すぐにタブを消去して検索し直すこともできます。

 

記事を途中まで読んで、後で読み返そうとタブをそのまま保存したり、ブックマーク、ポケット、はてブして時間がある時にまとめ読みもできます。
ツイッターやフェイスブックと連動して容易に拡散し仲間と共有する楽しみもあります。

 

マーケター西野

当然端末に合わせてWEBコンテンツの方が変わるべきだな

コンテンツは顧客の利便性が優先

マーケター西野

もし俺のWEBコンテンツが変わらなければ、より利便性の高い他のサイトに読者が流れて自然と廃れていく。
これは善悪ではなく、快適なものが好きな人間の性だ。

先ほどもお話ししましたが、

私のサイトで公開しているのは図書館においてある書籍のような深くて高度な内容だ。
だから、記事の形式もWEBらしさはいらないんだ、スマホの読者には多少不便でも、良い内容だから我慢してでも見るべきだ。
それだけの価値はある。

このようなWEBコンテンツは、心構えは立派であっても読者は疲れてしまいます。
一部の熱狂的なファンはつくかもしれませんが、多くのWEB読者は受け入れられません。

なぜなら、私たちがWEBを使う時、無意識のうちにWEBらしさという先入観を持ってコンテンツの良し悪しを判断するからです。

今、私たちがWEBで多くの時間を費やすのはインスタグラム、ツイッター、フェイスブックです。
グーグル検索は情報の信頼性、網羅性という点では比較的優れていますが、短文、写真、動画などのわかりやすいSNSが普及している今や、グーグルの立ち位置は相対的にお堅いメディアになりつつあります。

マーケター西野

グーグル検索で上位表示されるのに適しているコンテンツと、ツイッター、インスタで拡散されるのに適しているコンテンツの形式は違う。
だから、メディアの特徴によって、コンテンツの形式は変わるべきだ。
たしかに、インスタの写真に回りくどい文字は要らないですよね。

SNSメディアのコンテンツは質が悪いのか

西野さん、「WEBメディアのコンテンツはしつも信頼性も悪い」って聞きますし、確かに信ぴょう性にかける情報もある気がしますが、どう思いますか?

マーケター西野

一面で真実だが、一面では全く正しくない。
大事なのは消費者目線だ。

マーケター西野

そういう言葉は、SNS嫌いのラインもツイッターも使わない世代のセリフだ。

確かに本や新聞など活字のコンテンツと比べるとSNSの言葉は曖昧で正確な解釈が難しいものがあります。

「それな」などの言葉を使っている人に意味を聞いても、決まった答えは返ってきません。

マーケター西野

しかしそれは間違っている日本語というより、WEB上の短文対応に適した共感のためのツールだと解釈するべきだ。

マーケター西野

SNS上では、「あなたの言っていることはわかるよ」という言葉よりも「それな」の方が、しっくりきたから普及しているというだけの話だ。
乱れとは関係ない。

この「それな」現象とメディアの歴史には意外な関係があります。

メディアの技術と歴史

ではここからはもっと深く知りたい方向けに、メディアそのものの歴史を解説します。
知らなくてもWEBサイトの運営には支障ありませんが、知っておくと私のようにメディアへの見方が変わるはずです。

  • メディア発明の背景
  • メディアの目的が多様化

メディアの発祥は現実世界の再現

マーケター西野

そもそもメディアは何のために生まれたのかわかるか?
情報を誰かに伝えるためじゃないんですか?

マーケター西野

ある意味正しいが、それだけでは不十分だ。
初めはとてもシンプルで、現実世界の再現がメディア技術の目的だった。

たとえば美しい風景や、美しい音楽。

「心を打つような体験を保存して再現できるようにして、誰かと共有したい、いつかまた同じ体験を味わいたい。」

だから、写真機や蓄音機はいかに正確に再現できるか?が性能の良し悪しでした。
技術者は記録と再現の機能だけに関心がありました。

試行錯誤しながらも、映像や音を記録する技術が生まれて行ったわけですね。

メディアの目的の変化

マーケター西野

しかしある時、誰かがメディアの別の魅力に気づいた。

写真も音も、必ずしも正確に現実世界を記録するわけではないが、写真きや蓄音機を通して再現された者には、現実のものとはまた違う魅力が存在する

マーケター西野

夜星の景色も、まるで今目の前にその夜空があるかのような写真が良いとされていたのが、遊び心のある技術者がこう考えはじめた。

いや、あえて実際の風景よりも、もっと星の光を強調してより明るく見せるほうが良い

何時間も定点に写真機を構えて、星が動いて行く様子を一目で見られるようにするのが面白い

あらゆる発想が生まれて行きます。

マーケター西野

メディアが生まれた目的、現実の再現は大切にされつつも、
人の多様な価値観に合わせてメディアの利用目的も派生して行った。

メディアのコンテンツは多様性

マーケター西野

写真や数十秒の動画、短文やネット用語は、決して表現の乱れではないし、質の悪さを意味する訳ではない。

マーケター西野

むしろ人間にはもともと潜在的にその様な表現の可能性があったのが、SNSのようなプラットフォームが現れたことがきっかけで、顕在化したと見るべきだな。

そこで私たち発信者であり受信者が考えることは何か。

コンテンツの多様性を存分に発揮して個性を活かす。

NHKスペシャルの様な優秀な才能も予算も投入した素晴らしい番組があるのと同じく、名もなき平凡な人のちょっと思いついたネタのTwitterの投稿は、どちらも見る人がいるコンテンツです。

「コンテンツの質=価値」ではない

「どちらの質が高いから偉い」

マーケター西野

その様な比較は受け手にとってはあまり意味がない。
夏目漱石の優雅な文学を認める一方、寝る前に5ちゃんねるのまとめサイトに見入るのが俺たちだ。
どっちも読むことありますよね。

マーケター西野

コンテンツの魅力は、正確性や権威性で測れる質だけではなく、共感や物語性という尺度でも図られます。

 

若い女性に人気のスマホアプリのスノーも同じです。
女子高生が自分の写真を簡単に可愛く加工して仲間やSNSで楽しむことができます。

加工された画像イメージと実際の本人の印象が離れてしまうこともありますが、それは写真詐欺ではなく、どちらも自分です。
リアルの場での自分にもいくつも顔がある様に、スノーは新たな自分の顔を獲得するためのツールとして活用されているのです。

これも本来の自然のままの姿が良いとか悪いとか善悪の問題ではありません。
きっと、正確性や信頼性という従来の尺度で測ってしまえば、加工しているので正確性はNGだし、いち個人の投稿なので信頼も欠けるでしょう。

でもコンテンツとして受け手が面白がるし、本人は「スノーも実際の自分もどちらも本当の自分」と考えます。
要は表現の選択肢です。

古いメディアは消えていくのか

西野さん、TVや新聞などのオールドメディアは廃れていくんですか?

TVの広告収入が頭打ち気味で、ネットの広告費が上昇しているのは統計からも明らかです。
新聞の発行部数も減少の一途です。
いずれ経営が厳しくなって、統合や買収など形が変わっていくことはあり得るでしょう。

マーケター西野

いや、俺はだからと言ってそれらのオールドメディアが消えてなくなるとは思わない

マーケター西野

なぜなら全国に同時に正確で均質な情報を届けるのがテレビラジオ新聞であり、それに対する消費者のニーズは消えないからだ

オールドメディアにはそれなりの役割があり、SNSでは代替が難しいものばかりです。
今はユーチューブやニコニコ動画を利用したネットニュースは山ほどあります。

どちらも、受け手からすれば同じニュース映像なのですが、やはりオールドメディアが製作しているものはレベルが違います。
エンターテイメント性も、信頼性、正確性も違います。

マーケター西野

日本テレビも、ヤフーのポータルサイトにニュース動画を提供しているが、ヤフーは信頼度の高い記事をオールドメディア(新聞、週刊紙)から調達していると言う意味ではオールドメディア並みの信頼度のWEBコンテンツと言えるだろう。

マーケター西野

ただし、その信頼度の高い記事に誰もが匿名でコメントできるのは新聞テレビと違ったコンテンツの面白さがある

ネットニュースはそれとして、必要に応じていろいろなメディアを使い分けます。
テレビや新聞は正確性や信頼性という意味では今の所、そしておそらくこれからも群を抜いており、ニーズが残り続けます。

マーケター西野

俺が一番言いたいのは、「コンテンツは多様な文化の可能性がある。」ということだ。
あなたのいる場所によって、最もふさわしいコンテンツの形式があります。
良い悪いの問題ではなく、コンテンツの相応しい形を理解して消費者のニーズに応えれば、コンテンツは受け入れられるでしょう。

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